美学と議論

勝負事の場合、美学と言うんでしょうか、勝ち負けという結果だけでなく「単なる幸運で勝っても嬉しくない」「卑怯な手段で勝っても意味が無い」といった具合に、「どのように勝ったor負けたか」という過程も重視する価値観が広い範囲で少なからず認められているように思います。(勿論、いつもその価値観が最優先されるわけではありませんが。)
一方、何かを議論する場合には、最終的に正しいor望ましい結論を得るという「勝敗」に相当する部分ばかりが注目されて、例えば「論理的におかしい論証で主張を通しても嬉しくない」といった議論の過程を重視する価値観はあまり(少なくとも勝負事の場合ほどは)認められていないような印象を受けます。
両者の違いがどの辺りにあるのか興味深いな、と思います。