文科省の女性研究者採用補助策の話

http://d.hatena.ne.jp/pollyanna/20081006/p1で以下の記事が紹介されてました。
http://www.asahi.com/national/update/1004/TKY200810040148.html

 大学などの研究機関が女性研究者の採用を増やせば、その分の人件費を補助します――。主要国で最低の女性研究者の割合をなんとか増やそうと、文部科学省は来年度からこんな優遇策を始める方針を決めた。研究の多様性を高める狙いもあるという。
(中略)
 計画では、女性の割合が特に低い理・工・農学系を対象に、人件費の一部と初期の研究費として、女性研究者の新規採用1人あたり年600万円を3年間補助する。

で、元記事ではこの案に対する疑問が述べられているのですが、それらについて少々。以下、断りの無い限り引用は元記事から。

「1・「研究の多様性を高める」って何?」について

ましてや科学に「女性ならではの視点」って何を考えているのだろう。男女で結論が異なったら、それは科学ではない。

誰がやっても同じ結論が出るのでなければ「科学的な結論」とは言えない、というのはその通りでしょうが、ここでの「研究の多様性」というのは、そもそも「何を」「どのように」やるかという、研究テーマ、研究手法の選択の多様性を指すのではないかと思います。
何を面白いと思うか、その現象をどの手法で解き明かすか、という部分にこそ研究者の個性が現れるわけです。で、物事に対する興味の持ち方や視点が男女間で異なるというのは一般論としてそう珍しいことではありませんから、それを研究という具体例に適用して「男ばっかりより男女両方いた方がいろんな研究ができるんじゃね?」と考えたとしても(素朴すぎる考えかもしれませんが)直ちに否定されるものでもないと思います。

「2・補助金で採用された女性研究者に対して、周囲の目が厳しくなる恐れはないか?」について

ちゃんと能力のある研究者なのに、補助金で採用されたばかりに、「あの女は金で採用された」と、その能力を過小評価されたりしないだろうか。

過小評価されないように、女性研究者は「男性並み」を大きく上回る仕事をしなくてはいけない、というような重圧が、周囲からも、自分自身からもかかるような気がする。

過小評価されないためであれば、「男性並みを大きく上回る」のではなく、「男性並み」、というか女性も含めて件の補助金で採用されたのではない同僚並み、であれば(もしくはそれらをちょっとだけ上回る程度であれば)それで充分ですよね。別に周囲を大きく上回る必要はないでしょう。もし同僚と同程度の成果を挙げているのに補助金採用だからと過小評価されたとしたら、それはその職場の人たちに問題があるのであって、この補助金の問題点とは違うと思います。

「3・三年で補助金が切れた後、その女性研究者の処遇はどうするのか?」について

少し前に博士号を取ったばかりの若手数学者視点で言いますと、たとえ更新不可であったとしても、任期3年の(かつそれなりの給料と研究費が見込まれる)ポストというのはむしろかなり魅力的に映ります。現在、大抵のポスドク枠って1年や2年の任期ですし、任期が終わった後に次がある保証なんかありませんから。
勿論、そのような現状が望ましいと言いたい訳じゃありませんが、少なくとも件の補助金固有の問題ではなく、若手研究者を取り巻く環境全体の問題ですよね。

あと、

能力や業績と連動しないで、お金が期限付きで降ってくる、というのはどうにもおかしい。

と書かれていますが、雇う側だって女性研究者なら誰でも良いというわけではなく、少しでも良い人材を採ろうとするはずですよね。それって能力や業績と連動しているということにはならないでしょうか。


と、疑問や反対意見ばかり述べてきましたが、

なんにせよ、もうスタートすることが決まってしまった制度なら、なんとかこの制度を有効に使って、女性研究者も、そして研究社会全体がいい方向に進むように努力するしかない。

という元記事さんのご意見には私も強く同意しますし、女性研究者のワークライフバランス支援の重要性についても深く頷く次第です。
ただ、そこで書かれているワークライフバランスの重要性というのは、何も女性研究者に限った話でもなく、家庭を持つ男性研究者にとっても同様であるというのは元記事でも触れられている通りです。であるならば、今回の補助金制度の問題点としてではなく、より一般的な研究者を取り巻く環境の問題として語る方がより適切なのではないでしょうか。
あくまで、書かれている内容自体に異を唱えたいわけではなく、「今回の補助金の問題点」としての扱われ方に違和感を感じるという意見です。

で、じゃあ今回の補助金制度は最上の策なのだろうか

ということになると、まぁ悪くは無い策だとは思います。元記事でも触れられている「研究(仕事)と家庭の両立」自体を支援するとなるとどちらかと言えば厚生労働省とかそっち系の省庁の管轄になると思いますし(そういう縦割り行政の是非は脇に置くとして)、文科省が単独で出来る支援策という制限つきで考えるならばそれなりに理解できる策と思います。
ただ、今回の補助金制度の対象はあくまで、採用枠さえあれば研究者としてやっていけそうな程度に能力を蓄えた博士号取得者や取得見込者ですよね。以前の記事にも書きましたが、女性研究者が増えない理由としてはそもそも(環境的な要因で)上記のスタートラインに辿り着く女学生が少ないという点も無視できないと思いますので、そっちの方も何とかしていただきたいものです。
あと、女性特有のワークライフバランス支援としては、(既にやられていると思いますが)出産後に研究への復帰を希望する女性研究者の支援というものがありますので、そちらも更に充実させていただきたいところです。