これはid:kururu_goedel氏を支援せざるを得ない

id:aureliano氏が自身の記事(http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081102/1225620016)でゲーデルに言及した内容のあまりの的外れぶりに集合論オタの(いや、本業なんですけどね)id:kururu_goedel氏が激怒した、という話。

それからついで言っておくと、ゲーデル不完全性定理は世界は矛盾していることを証明している。それを受け取れるかどうかがうすらバカとそれ以外とを隔てる分水嶺となる。

これがどのくらいゲーデル本人の見方と異なっているかはゲーデルの哲学に関する文章を一つでも読んでいれば明白でしょう。
(引用時中略)
ゲーデル本人が信じて疑わず、心身のバランスを崩してまで探求した唯一の数学の宇宙を、こんなにあっさりと冒涜する発言には本当にむかつきます。

「ゲーデルの不完全性定理は世界は矛盾していることを証明している。」だとぉ! - くるるの数学ノート

ええ、これはid:kururu_goedel氏であれば激怒してしかるべき発言ですよね。集合論オタではない私ですら酷い発言だと思いましたから。


id:kururu_goedel氏の怒りについてはリンク先の元記事をご覧頂くとして、以下は私の見解。
id:aureliano氏は上述の引用文中で引用されている発言以外にも、同じ記事の中で

ゲーデルは数学の証明をしながら世界の実相についても証明してみせた。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081102/1225620016

という発言もしていますよね。


「証明」とはそんな軽々しい行為じゃありません。


念のため言っておきますと、私は別に日常会話において数学用語を異なる意味で使うなと言いたいわけではありません。「それ以上でも以下でもない」という言い回しを聞いたときに「それって比較不能ってことだよねー」とか心の中でツッコミを入れたりもしてませんし。
また、数学に詳しくない人は数学について語るな、と思っているわけでもありません。むしろ数学的なトピックが日常会話で用いられる場面に遭遇するのは数学者として喜ばしいことです。その結果、語られる内容がたとえ数学的には誤りであったとしても、それでその人に対する見方が悪くなることもありません(訂正が必要な場合には訂正することはありますが)。


しかし、それが他人を「うすらバカ」などと蔑む際の論拠として使われるのであれば話は別です。
しかもよりによって言及先がゲーデル不完全性定理ときたもんだ。「数学とは何か」「証明とは何か」を考えに考え抜いた末でなければ、不完全性定理のような大定理が導かれることも、その土台となった数学基礎論が整備されることもまずなかったでしょう。そのような「証明」という行為と真摯に向き合った末の成果を引き合いに出しておきながら、「証明」の範疇を超えた事柄に関して「証明している」「証明してみせた」などとあまりに無造作な物言いをしてみせるとは、何たる鈍感さでしょう。

全く、こんな人に「うすらバカ」なんて言われたid:tororo-imo氏も、言及されたゲーデルもいい迷惑ですよね。

と、これだけでは何なので、少しポジティブな話も

彼は、数学が矛盾しているなんて一回も思うことはありませんでした。数学に決定できない命題があるとすら思いませんでした。ただ、帰納的に定義できる公理系から証明するという方法では不十分であることが証明できたとだけ思っていました。だから、「連続体仮説がZFCと独立だと証明できたとしても、それは連続体問題が解決できたことにはならない」と言い切り、実際に独立性が証明された後も連続体濃度がアレフ2であることを証明しようと努力していました。

「ゲーデルの不完全性定理は世界は矛盾していることを証明している。」だとぉ! - くるるの数学ノート

私は、不完全性定理は数学という体系の(ある意味での)限界を示した結果だと受け取っていました。残念ながら数学という体系には限界が存在するが、それでもなおその限界の中で自分に出来る限りの研究をしていこう、と。


しかし、不完全性定理を証明した当のゲーデル本人が、数学の限界の無さ、数学の可能性をそこまで強固に信じていたとは!!


映画『ビューティフル・マインド』で私が最も好きなシーンは、精神を病んでいた主人公のナッシュが、自分の見ているある人物が幻覚だと看破するシーンです。あのシーンで、私は人間の知性の大いなる可能性を目の当たりにした思いで大いに感動したものです。
さほど映画好きでない私が未だに覚えているぐらいですからその感動はかなりのものだったのですが、今回のゲーデルのエピソードを読んだ際の感激は、私にとって当時の感動を更に上回るものでした。
数学の歴史に名を刻む偉人の偉人たる所以ここにあり、というか。
私もその境地に少しでも近づけるように一層精進していきたいと思います。


・・・いや、何でこんなことを書くかというと、他人を非難する文章というのは(相応の理由があるとしても)書いた本人にとってあまり心地よいものではないことが多々ありますので、一応ポジティブな波及効果もあったんですよ、ということをid:kururu_goedelにお伝えしておきたく。

おまけ

「芋大好き!」

被害者のid:tororo-imo氏(とろろ芋好きの私としてはこのidには同意せざるを得ない)のブログ。ちょっとだけ読みましたが、本当に芋の話ばかりしてるんですね。
う〜む、こんなブログが世の中にあろうとは、世間はかくも広いものなのだなぁ。