位相空間の開集合の性質について一考察

上記のつぶやきとその後の会話を読んで以下のようなことを考えてみた。

用語の定義

まず、通常の意味での位相空間の開集合系を一般化した「χ集合系*1」という(この場限りの)概念を導入する。

  • ある集合の部分集合たちに関する集合演算を、ここでは「(有限個または無限個の)集合たちの和集合をとる」「(有限個または無限個の)集合たちの共通部分をとる」「一つの集合の補集合をとる」という演算たちを有限回繰り返して得られるような演算と定義する。
    • すると、任意の集合演算と任意の写像$f$について「演算結果の$f$による逆像は、入力の各々について$f$による逆像をとってからその演算を行った結果と一致する」(*)ことに注意(演算の繰り返し回数に関する帰納法)。例えば$f^{-1}((A \cup B^c) \cap C) = (f^{-1}(A) \cup f^{-1}(B)^c) \cap f^{-1}(C)$など。
  • 集合演算のクラス$\mathcal{C}$を一つ定めておく。集合 $X$の部分集合の族$\mathcal{O}$χ集合系であるということを、空集合および全体集合$X$を要素に持つことと、$\mathcal{C}$に属する任意の集合演算と$\mathcal{O}$に属する任意の入力に対してその演算結果がまた$\mathcal{O}$に属すること、という二つの条件によって定義する。
    • 例えば、クラス$\mathcal{C}$として「任意個の集合の和集合演算」「有限個の集合の共通部分演算」「補集合演算」を考えると、対応するχ集合系は通常の意味での開集合系となる。

写像の連続性、集合の閉包、コンパクト性、ハウスドルフ性の定義は、「開集合」を「χ集合」に置き換える以外は通常通りとする。例えば、写像$f\,:\, X \to Y$が(ここでの意味で)連続であるとは、$Y$のχ集合$U \subset Y$について逆像$f^{-1}(U)$が常に$X$のχ集合となることを意味する。

直積空間のはなし

命題1として以下の命題「$f(x) = (g(x),h(x))$で定義される写像$f \,:\, X \to Y \times Z$が連続であることと、写像$g \,:\, X \to Y$および$h \,:\, X \to Z$がともに連続であることは同値である」について考える。この命題は通常の定義のもとで成立するが、この命題に現れる諸概念の定義において「開集合」を「χ集合」に置き換えるとどうなるだろうか。

まず、直積集合のχ集合系の定義であるが、通常の開集合系を用いた直積位相の定義の同値な言い換え(普遍性による解釈)を用いて、ここでは以下のように定義する。
集合$X,Y$にχ集合系$\mathcal{O}_X,\mathcal{O}_Y$がそれぞれ与えられているとき、直積集合$X \times Y$におけるχ集合系$\mathcal{O}_{X \times Y}$を、射影$\pi_X \,:\, X \times Y \to X$および$\pi_Y \,:\, X \times Y \to Y$がともに連続となるような最小のχ集合系(より正確にはそのようなχ集合系全ての共通部分、これは確かにχ集合系となる)として定義する。「χ集合」を「開集合」に置き換えると通常の直積位相と一致する。

このように置き換えた定義の下でも、命題1は引き続き成り立つ。
実際、命題1の前段から後段が導かれることは、連続写像の合成が連続であること(これも通常と同様の理由で成り立つ)および射影の連続性(そのように「直積位相」を定義したので)よりわかる。
慣れないとややテクニカルなのは後段から前段が導かれることの証明だが、これは$\mathcal{O} := \{W \subset Y \times Z \mid f^{-1}(W) \in \mathcal{O}_X\}$と定義したときに、$\mathcal{O}$がχ集合系であること(上記性質(*)と$f^{-1}(\emptyset) = \emptyset$$f^{-1}(Y \times Z) = X$よりわかる)と、任意の$Y' \in \mathcal{O}_Y$(ないし$Z' \in \mathcal{O}_Z$)について$\pi_Y^{-1}(Y') = Y' \times Z$(ないし$\pi_Z^{-1}(Z') = Y \times Z'$)が$\mathcal{O}$に属すること($g$の連続性より$f^{-1}(Y' \times Z) = g^{-1}(Y') \in \mathcal{O}_X$であり、$Z$成分についても同様)からわかる。というのも、これらの性質は$\mathcal{O}$が「射影$\pi_Y,\pi_Z$をともに連続とするようなχ集合系」であることを意味するが、$\mathcal{O}_{Y \times Z}$はそうしたもののうち最小のものとして定義されているので、$\mathcal{O}_{Y \times Z} \subset \mathcal{O}$、つまり任意の$W \in \mathcal{O}_{Y \times Z}$について$f^{-1}(W) \in \mathcal{O}_X$が成り立つことになる。

というわけで、命題1は実は開集合系に限らず一般の(有限個の共通部分で閉じているとは限らない)χ集合系の場合にも同様に成り立つ。このことから、この命題は通常の開集合系が持つ「開集合の有限個の共通部分も開集合」という性質を使っているといえるかどうか微妙なように思う。

コンパクト性のはなし

次に、冒頭のつぶやきにあるコンパクト集合についての命題をχ集合系の場合に考える。ただ、この命題の標準的な証明が示しているのは「その集合の閉包が自分自身と一致する」である一方、χ集合系の場合に「閉包が自分自身と一致する集合は閉集合(正確には、その補集合がχ集合)」であるとは限らない。そこで以下では、通常の位相空間の場合には件の命題と同値であるような以下の命題2「ハウスドルフ空間$X$のコンパクト集合$K$の閉包は自身と一致する」について、「開集合」を「χ集合」に置き換えたらどうなるかを考える。

ひとまず、通常の位相空間の場合における標準的な証明を、χ集合系の場合に焼き直してみる。閉包がもとの集合を含むことはこの場合にも自明なので、以下では$K$の外側の点$x$$K$の閉包に属さないことを示す。
性質「$U,V \subset X$が互いに交わらないχ集合であり、$x \in V$」を持つ対$(U,V)$を全て集めて*2$(U_{\lambda},V_{\lambda})$と添字付けすると、$X$のハウスドルフ性より$U_{\lambda}$たちは$K$の被覆をなす。$K$のコンパクト性よりこれは有限な部分被覆$\{U_1,...,U_n\}$を持つ。すると、$U_i \cap V_i = \emptyset$が添字$i$の各々について成り立つので、$U' := U_1 \cup \cdots \cup U_n$$V' := V_1 \cap \cdots \cap V_n$と定めれば$K \subset U'$$x \in V'$かつ$U' \cap V' = \emptyset$、従って$K \cap V' = \emptyset$が成り立つ。

ここまではχ集合系一般について示せることである。あとは、$x$を含むこの集合$V'$がχ集合であることを示せさえすれば、$x$$K$の閉包に属さないことがめでたく証明できる。しかし、これは一般のχ集合系では上手くいかず、件の性質「有限個のχ集合の共通部分もχ集合」が必要となる。
このことから、命題2においては「開集合の有限個の共通部分も開集合」という性質がより本質的であると私には感じられる。

ただ、ひょっとすると別の証明方法なら「開集合の有限個の共通部分も開集合」を使わず証明できるかもしれない。そこで、性質(**)「空集合と全体集合を含み、任意個の要素の和集合もまた要素となる」を持つ(けれども有限個の要素の共通部分は必ずしも要素とならない)ようなχ集合系の選び方で、命題2が成り立たない例を作ってみる。
それには$X$を2点以上を含む通常の意味でのコンパクトハウスドルフ空間、例えば実数直線上の1点ではない有限閉区間などとし、そこに別の1点$\bot$を付け加えた集合$\widetilde{X}$を考える。そして、そのχ集合系を、$U \neq \{\bot\}$かつ$U \cap X$$X$の開集合であるような$U \subset \widetilde{X}$全体と定める。すると、開集合系の定義よりこのχ集合系は(**)を満たす。また、$X$$\widetilde{X}$においてもコンパクトであり、$X$が2点以上を含むことから$\widetilde{X}$もハウスドルフ性を持つ。しかし、χ集合系の構成より$\bot$を含む任意のχ集合は$X$と交わりを持ち、従って$X$$\widetilde{X}$における閉包は$X$の外側の点$\bot$をも含む。よって、この例では実際に命題2が成り立たないことがわかる。
このことから、命題2を「開集合の有限個の共通部分も開集合」という性質を用いずに証明することはできなさそうである。というわけで、やはり命題2において「開集合の有限個の共通部分も開集合」という性質は本質的であるように思われる。

*1:なんつって

*2:選択公理を温存