研究業績評価について色々
日本数学会理事会による「数学の研究業績評価についての提言(案)」というPDFファイルが数日前に話題になっていた。異なる研究分野の研究者の業績、特に数学分野と他分野のそれを数値データで単純比較することの問題点を指摘する内容である。
詳細はリンク先を参照していただきたいが、私なりに大まかにまとめると、数学分野に特徴的な傾向として
- 論文数が少ない、そのかわりページ数が多い(ただし短いページ数の名論文も多い)
- 新しく公表された論文が、引用され始めるようになるまでに時間がかかる(研究人口の少なさ、分野の細分化、研究サイクルの長さ、など)
- そのかわり長く引用される傾向にある
- 一方でよい成果ゆえに引用が減ることもある(「誰でも知ってる定理」はもはや文献参照されない、よい教科書ができるとそちらが引用される、など)
- 共著者が少なく、著者順が貢献の度合いを反映しない(アルファベット順)
といった点(他にもあるが割愛)を指摘している。そして、数学者の研究業績の評価においてこれらの特徴を考慮した評価法の導入を提言する内容となっている。
(ただし、これは「案」なので、実際にこれをもとにどのような提言がなされたのか、もしくはなされなかったのかについては私は知らない。)
この文書は「平成14年11月29日」に作成されたもののようだが、10年以上経った現在にも通じる内容であると思う。やや変化したように感じられる点としては現在の方が共著論文の数が増えているように見受けられる(あくまで私個人の印象だが)ことぐらいだろうか。私自身も現在の所属が所属なので、数学と他分野の研究スタイルや業績評価のあり方の違いについては日頃から感じるものがある。こういった認識が他分野の人たちにも広がっていくといいなぁと思う。
件の文書では業績の定量的な評価についても少し触れられている。当時と現在を比べると、研究者の業績の定量的評価についても若干の変化が起きているように感じられる。例えば、研究者の評価指標の代表例であるh-indexなどは比較的最近になってよく用いられるようになってきたように思う。
大まかに述べると、h-indexは各研究者の論文の被引用数を降順に並べたグラフを描き、それと直線y=xとの交点の座標が大きいほど高評価になるという指標である。個人的には中々よくできた指標だとも思うのだが、一方で「論文を共著で書くと純粋に得にしかならない」点に一考の余地があるように思う(恐らく業績評価指標の専門家の間ではこうした問題点が既に議論されているものと期待するが)。
例えば、数学者は、被引用数10をもたらす論文を、10の労力を用いて単著で書いたとする。一方、他分野の研究者は、同じく被引用数10をもたらす論文を、5人の研究グループで合計10の労力を用いて書いたとする。前者は10の労力で被引用数10を得ているのに対して、後者は一人当たり2の労力で著者それぞれが被引用数10を得る結果となる。これはあまりにも単純化した比較だが、著者数の多さによって被引用数の重みが変わってくるというのはある程度一般的な傾向であろう。同じ分野同士であれば1本の論文の著者数もだいたい同じぐらいだからさほど問題にならないかもしれないが、文化の違う分野の研究者同士を比較する際には注意すべきであろう。
さらに、被引用数の取扱いについては、分野間の差異だけではない潜在的問題があるように感じられる。というのも、h-indexのように共著者数を考慮しないで被引用数を業績評価に用いると、ある論文の著者たちが別の誰かを著者に加えることで誰も損をしない状況が発生する(道義的にはともかく、業績評価としては)。
例えば、ある研究室全体の業績評価を高める上で、研究への貢献の有無を問わず全ての研究室メンバーが全ての論文の共著者に加わる、というのが最適戦略になってしまう。所謂ゲストオーサーシップ(実質的に貢献していない人物を著者に加える)の問題事例の報告が増えつつある昨今、そうした問題行為を許さないという意思表示を業績評価の指標選びから始めてみてもよいのではないだろうか。