"complete"の訳は「完備」か「完全」か

id:wd0さん曰く、

不完全性定理の「不完全」には欠陥や欠点のニュアンスはない

不完全性定理は、英語では incompleteness theorem 、仏語では théorème d'incomplétude 、独語では Unvollständigkeitssatz といいます。いずれも、数学での慣習にしたがって直訳すると「不完備性定理」です。実際、「不完全性定理」よりも「不完備性定理」のほうが定理の内容に沿っています。
(引用時中略)
「不完全」の語感だけから「現代科学の限界」がどうのこうのと言っている人々は、「不完備性定理」でも同じことを言うでしょうか。

不完全性定理は「現代科学の限界」なるものを示してはいない(その0つづき) - /dev/wd0a

確かに「不完全性定理」ではなく「不完備性定理」と訳すのはいいアイディアですね。位相空間論で"complete metric space"といえば訳語は「完備距離空間」ですし、そちらの方が定理の内容に沿っているというのも同意です。(ちなみに個人的には「不完備」ではなく「非完備」じゃないかなぁと思ったのですが、Yahoo!検索には少数派だと言われてしまいました。)
今更訳語を変えるのは難しいという点については、id:wd0さんや私が教科書を書くぐらいに偉くなって(既にid:wd0さんがそういう方でしたらすみません)、「不完備性定理」という名称をこっそり使っちゃえばいいんじゃないでしょうか。

それはさておき、上記引用文中の「数学での慣習にしたがって」という部分に引っかかりを覚えたのですが、"complete"の訳語が「完備」というのは「慣習」と言えるほど定着している訳語なのでしょうか。
少し考えた範囲でも、不完全性定理以外に、"complete graph"は「完全グラフ」、"NP-complete problem"は「NP完全問題」という訳語が定着していると思います。まぁ、後者(計算量理論)はどちらかというと計算機科学寄りのトピックなので事情が異なると言われればそうかもしれませんが、前者(グラフ理論)は思いっきり数学の話ですよね。
位相空間論で"complete"→「完備」が慣習なのはその通りと思いますが、実際のところ数学全体だと訳語の比率はどんなものなんでしょうか。

なお余談ですが、グラフ理論には"complete graph"とは別の概念で"perfect graph"というものが存在します。「完全」を前者に取られてしまっているため後者を「完全グラフ」と訳すわけにはいかないわけですが、現在のところ「理想グラフ」という訳語が充てられている様子です。
これ、単純に「完璧グラフ」じゃまずかったんでしょうか?(「肉」っぽい響きがするという点には目を瞑って。)